一晩の睡眠は、平らな「ただ眠っている時間」ではありません。脳波・眼球運動・筋緊張のパターンによって、複数の段階に明確に分類され、それらが約90分の周期で繰り返されます(参考:厚生労働省 1)。
特に重要なのが、レム睡眠とノンレム睡眠という2つのカテゴリーです。両者は脳の活動も身体の状態も大きく異なり、それぞれ異なる機能を担っています。本記事では、睡眠の構造を理解する第一歩として、各段階の特徴と役割を解説します。
レム睡眠とノンレム睡眠の発見
睡眠が「単一の状態」ではないことが分かったのは、1953年のことです。シカゴ大学のNathaniel KleitmanとEugene Aserinskyが、睡眠中に急速な眼球運動(Rapid Eye Movement, REM)を伴う特異な状態を発見しました(参考:Aserinskyら 1953, 2)。
それまで「眠っている脳は静か」と考えられていましたが、REM中の脳波は覚醒時に近いほど活発であることが分かり、睡眠の概念は一変しました。
レム睡眠 = REM sleep(急速眼球運動を伴う睡眠)
ノンレム睡眠 = Non-REM sleep(急速眼球運動を伴わない睡眠)
両者は脳・身体の活動パターンが対照的で、それぞれ異なる生理的役割を持ちます。
ノンレム睡眠の3段階
ノンレム睡眠は、脳波の周波数と振幅によってN1・N2・N3の3段階に分けられます。米国睡眠医学会の基準(2007年発表、以降順次改訂)に基づく分類です(参考:American Academy of Sleep Medicine 2007, 3)。
N1(入眠期)
覚醒からの移行段階で、全睡眠の約5%。脳波はα波からθ波へ変化。眠りは浅く、外部刺激で容易に目覚めます。「寝落ち」の感覚を伴うことも。筋肉のピクつき(hypnic jerk)が起きるのもこの段階です。
N2(軽睡眠期)
睡眠の中核で、全睡眠の約45〜55%を占めます。脳波には「睡眠紡錘波(spindle)」と「K複合波」という特徴的な波形が現れます。体温・心拍数が低下し始め、外界からの遮断が深まります。記憶の固定にも関与。
N3(深睡眠/徐波睡眠)
最も深い睡眠。脳波は遅く大きな「δ波(徐波)」が支配的。全睡眠の約15〜25%。成長ホルモン分泌、組織修復、グリンパティック・システム(脳の老廃物排出)が最も活発になります。覚醒には強い刺激が必要で、起きても数分間「寝ぼけ」状態が続きます。
N3が「身体を作る」段階
深睡眠(N3)は、特に身体の回復と修復に重要です。
- 成長ホルモンが大量に分泌され、組織の再生・筋肉の修復・骨の成長が促進される
- 免疫細胞の活性化、サイトカイン産生
- 血圧・心拍数の低下による心血管系の休息
- グリンパティック・システムによる脳の老廃物(β-アミロイドなど)の除去(参考:Xieら 2013, 4)
子どもや若年成人ほどN3の割合が多く、加齢とともに減少します。これが「年を取ると深く眠れない」感覚の正体です。
レム睡眠 — 脳が活発な眠り
レム睡眠は、ノンレム睡眠とはまったく異なる特徴を持ちます。
- 脳波:覚醒時に近い高速・低振幅(β波・θ波)
- 眼球運動:閉じたまぶたの下で急速な眼球運動
- 筋緊張:横紋筋(運動筋)が完全に脱力(atonia)
- 自律神経:呼吸・心拍が不規則化
- 生殖器:男女ともに性器の血流増加(夜間勃起など)
- 夢:鮮明で物語性のある夢の80%がこの段階で見られる
全睡眠の約20〜25%を占め、睡眠後半に向かって時間が長くなる傾向があります。
レム睡眠は 感情の処理、創造的な問題解決、手続き記憶の固定に深く関与します。新しいスキルの学習やトラウマの整理にも重要な働きをします。
なぜレム中は筋肉が動かないのか
レム中の脳は覚醒時と同様に運動指令を出していますが、橋(きょう)と呼ばれる脳幹部位から発される抑制信号によって、運動神経への伝達がブロックされます。これにより、夢の中で動いていても実際には身体は動かない安全機構が働きます。
この抑制機構が壊れて、夢の中の動きが実際の身体動作として現れる疾患がレム睡眠行動障害(RBD)です。パーキンソン病やレビー小体型認知症の前駆症状として注目されています(参考:Postumaら 2019, 5)。
一晩の睡眠サイクル
ノンレム睡眠とレム睡眠は、約90分の周期で交互に現れます。1晩で4〜6サイクル繰り返されます。
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就寝〜90分
N1 → N2 → N3 → 短いレム睡眠(数分)。N3が長く、深睡眠が中心の構造。身体の回復が優先される。
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90分〜180分
N1 → N2 → N3 → レム睡眠(10〜20分)。N3はまだ多く、レムも徐々に長くなる。
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180分〜360分
N3は減少し、N2とレムの比率が上昇。記憶の固定と感情処理が活発に行われる時間帯。
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360分〜起床
N3はほぼ消失。N2とレムが中心になり、最後のサイクルではレム睡眠が30分以上に。明け方の鮮明な夢の多くはここで見られる。
各段階の役割 — まとめ
| 段階 | 主な役割 |
|---|---|
| N1 | 覚醒→睡眠への移行 |
| N2 | 体温・心拍数の低下、記憶のリハーサル |
| N3(深睡眠) | 身体の修復、成長ホルモン分泌、脳の老廃物除去 |
| レム睡眠 | 感情調整、手続き記憶、創造的処理 |
睡眠の質を高めるには、4〜6サイクルを途切れさせずに完了させることが重要です。途中で目覚めてしまうと、特に明け方のレム睡眠が削られ、感情面・認知面のパフォーマンスに影響します。
「ぐっすり眠った」感覚とは何か
主観的な睡眠の満足度は、以下の要素で決まります。
- N3(深睡眠)の総時間
- レム睡眠の質と連続性
- 中途覚醒の少なさ
- 入眠潜時の短さ(布団に入って眠るまでの時間)
これらが揃ったとき、人は「ぐっすり眠れた」と感じます。逆にN3が少ないと、長時間眠っても疲労感が残ります。
睡眠時無呼吸症候群(SAS)の人は、無呼吸イベントによって睡眠サイクルが頻繁に中断され、N3とレム睡眠が極端に少なくなります。
本人は「眠っている」つもりでも、実質的に深く眠れていないため、日中に強い眠気が出ます。
まとめ
- 睡眠はノンレム睡眠(N1・N2・N3)とレム睡眠の2カテゴリーから成る
- N3(深睡眠)は身体の修復と脳の老廃物除去に必須
- レム睡眠は感情調整・記憶固定・創造性に深く関与
- 1晩に4〜6サイクル(各約90分)が繰り返される
- 「ぐっすり感」は、深睡眠とレムの両方が確保されることで生まれる
次回(第03回)は、睡眠を支える根本的な仕組みである体内時計と概日リズムについて、最新の生物学的知見から解説します。
関連リソース
参考資料・文献一覧
- 厚生労働省『健康づくりのための睡眠ガイド 2023』 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/suimin/index.html
- Aserinsky E, Kleitman N. Regularly occurring periods of eye motility, and concomitant phenomena, during sleep. Science. 1953; 118(3062): 273-274. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/13089671/
- Iber C, Ancoli-Israel S, Chesson AL, Quan SF. The AASM Manual for the Scoring of Sleep and Associated Events: Rules, Terminology and Technical Specifications. Westchester, IL: American Academy of Sleep Medicine. 2007. https://aasm.org/clinical-resources/scoring-manual/
- Xie L, Kang H, Xu Q, et al. Sleep drives metabolite clearance from the adult brain. Science. 2013; 342(6156): 373-377. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/24136970/
- Postuma RB, Iranzo A, Hu M, et al. Risk and predictors of dementia and parkinsonism in idiopathic REM sleep behaviour disorder: a multicentre study. Brain. 2019; 142(3): 744-759. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/30789229/